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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)2468号 判決

原告 松原菊松

被告 千賀マサ

主文

被告は原告に対し大阪市南区笠屋町五十番地上家屋番号同町第百四十四番木造瓦葺二階建店舗一棟建坪四十三坪二合五勺二階坪二十六坪一合一勺に付原告が三分の一の共有持分権者なることの更正登記手続をなすことを命ずる。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めその請求原因として、原告は父亡千賀鹿之助、母亡タネ夫婦の三男、被告はその長女で原告の姉であるが鹿之助夫婦間にはその他長男喜三郎、二男清次郎、二女ハルがあつた。右原告等兄弟姉妹の中長男喜三郎は大正六年九月二十日死亡したが配偶者も子もなかつた。そして二女ハルは独身のまゝ大阪市南区宗右衛門町、後笠屋町に於て永く大竹屋という屋号で待合料理業を経営してゐたが昭和二十六年十月十九日死亡した。そこで原告、被告及二男清次郎三名が右ハル所有の請求趣旨第一項記載の家屋(以下本件家屋と略称する)その敷地百三十坪一合八勺、時価数百万円相当の家財道具類及前記大竹屋の営業権並訴外株式会社八木商店に対する二百七十万円の債務を遺産相続し、爾来相続人三名共同して大竹屋の経営を続けてきたのである。尤も本件家屋はハル死亡当時尚未登記であり加之待合営業等は女性の単独名義を以て経営するを適当とするので差当り大竹屋の経営主を便宜被告マサの単独名義にすると共に本件家屋に付ても同年十一月十六日被告単独名義による所有権の保存登記をなしたものである。かくして原告等三名の協力に依り大竹屋はやがてその経営の基礎も固まり業績も挙り昭和二十七年中には訴外八木商店に対する負債も完済し得たのみならず昭和二十九年三月迄には同商店に対し金二百十万円余の債権を有するに至つたので茲に前記相続財産に対する原告等相続人の権利関係を明確にするため先ず被告に対し登記簿上被告の単独名義となつてゐる相続財産中の本件家屋に付原告が三分の一の持分権を有する旨の更正登記手続を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の本案前の抗弁に対し本訴請求は原告が被告及訴外清次郎と共に共同相続したる被相続人亡千賀ハルの遺産たる本件家屋に対し原告が右相続を原因として三分の一の共有持分権を有するところ被告がその単独名義で所有権保存登記をしてゐるにより、単独登記名義人たる被告に対し原告が該家屋に付三分の一の持分権を有する旨の更正登記手続をなすべきことを求めるものである。而して共同相続人の一人の相続財産に対する持分権は各相続人が他の相続人に対し夫々独立して享有する権利に外ならないから該持分権を他の相続人に対し主張する訴は爾余の共同相続人全員を被告としてのみ之を提起すべきものと解すべきに非ず、民事訴訟法第六十二条に該当しない。又本訴は原告の本件家屋の持分権の登記手続を訴求するに在り家事審判法第十七条に定める家庭に関する紛争に該当しないこと明と謂うべく、又相続財産の分割を求めるものでもないから被告の抗弁は理由がないと陳べ、被告の本案に対する答弁中本件家屋を含む大竹屋の財産に付ハル死亡後訴外八木商店、原告、被告及清次郎間に分割制限の特約があつた旨の抗弁に対しハル死亡当時訴外八木商店がハルに対し二百万円を超える債権を有してゐたこと、(但しその額は金二百七十万円である)被告主張の如き約旨を記載した覚書がその主張の関係者間に作成されたことは孰れも之を認めるが八木商店はもとより本件家屋に付何等の権利を有せず唯ハル死亡後前記債権回収に焦慮しその確実を期するため大竹屋の営業の間接管理を行はんとの目的の下に右覚書を作つたものであり、原告等はまたハル死亡早々のこととて多額の債権を有する八木商店の意を迎えるため之に署名捺印したにすぎない。加之原告等は大竹屋の経営に尽力した結果同商店に対する前記債務は昭和二十七年末迄に之に利息を加算した合計金三百十五万円を支払い弁済を了したから既に八木商店は右覚書に基く何等の権限をも有しないと陳べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として(一)、原告の本訴請求は家事審判法第十七条に所謂家庭に関する紛争事件であるから同法第十八条により先ず家庭裁判所の調停手続を経由することを必要とするに拘らず調停前置の手続を経ずして提起した本訴は不適法であり、又(二)、相続財産はその分割前に於ては共同相続人の共有に属するものであるからその相続を原因とする登記は共同相続人が共同してのみ之をなし得べく各相続人が単独になし得べきところでないから斯る登記手続を訴求するについては爾余の共同相続人全員を共同被告となし、又爾余の共同相続人中の一人を被告とし残余の相続人全員が共同原告としてのみ訴を提起し得べきところであつて原告単独にてマサを単独被告として提起した本訴は民事訴訟法第六十二条に照らし不適法である。従つて右いづれの点よりするも本訴は不適法として却下を免れないと述べ、本案の答弁として、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告主張の請求原因事実中原告及被告等の身分関係、並原告の姉(被告の妹)千賀ハルが永年大竹屋の屋号で待合料理業を経営していたこと、本件家屋は右ハルの所有であつたが昭和二十六年十月十九日ハル死亡により原告、被告及訴外千賀清次郎が右家屋を遺産相続したこと、本件家屋に付ハル死亡後被告がその単独名義で保存登記をなしたことは何れも之を認めるがその余の事実はすべて争う。本件家屋の敷地は訴外株式会社八木商店の所有であつてハルの所有ではない。ハルは既に昭和四年頃から八木商店及訴外大日本セルロイド株式会社の出資その他の後援を得て大阪市南区宗右衛門町に於て大竹屋の屋号で待合料理業の経営を始めやがて被告もハルの許に来て姉妹協力して漸次発展したが昭和二十年三月戦災に遭い一時大阪府南河内郡長野町に疎開し戦後再び前記両会社の援助を得て大竹屋を復活し南区笠屋町に本件家屋を建てて営業を継続するうち昭和二十六年十月十九日ハルが死亡したが当時ハルは八木商店に対し二百八十三万九千余円の負債を有してゐたのである。そこで創業以来終始後援し大竹屋の営業の盛衰に多大の利害関係を有する八木商店は同月二十八日、原告、被告及訴外清次郎等を集め大竹屋将来の経営に関し協議の結果覚書を以て大竹屋は被告名義で営業を続行し、原告には大竹屋の会計係の事務を託し、従業員の増減給与に付ては一切八木商店の指示に従い、関係者すべて一致協力し冗費を省き収益の増加に努力し以て営業の発展を期し、将来八木商店及大日本セルロイド両会社に対する債務を完済し且経営の基礎が固まつた暁は八木商店の権限の下に残余財産の処分を決定し、大竹屋に対し忠実なる協力者と認められる場合は原告、被告マサ及清次郎は夫々相当の財産の分与を受けること、但しその方法、額に付ては一切異議を申立てないこと、爾余の事項に付てはすべて八木商店と協議しその指示を受くべきことを確約したのである。然るに右約定の企図する如き大竹屋の基礎未だ定まらず従つて右約定に基く財産分割のなされざるに拘らず本件家屋に付原告が三分の一の持分権を有する旨の登記がなされるときは原告に於て直ちにその権利を他に売却処分すべく、斯くては漸く盛業を来した大竹屋は第三者の介人に依り忽ち支離滅裂となり営業継続至難の窮境に陥ることが明であるから原告単独にて本件家屋の共有持分権を主張し以て本訴請求をなすは右約旨に反するに止らず権利の濫用に該当するものと謂うべきであると述べ、尚本件家屋が亡千賀ハルの所有であつた旨の自白は錯誤に基き且真実に反するものとして之を取消し、本件家屋は戦後ハルが八木商店等の後援の許に疎開先より大阪市に帰り南区笠屋町五十番地に於て大竹屋の営業を復活再開するに際し八木商店がその出資によりその設計に従い自ら指揮監督の下に訴外吉田茂司に註文して建築せしめたものであるからその所有権は本より八木商店に帰属するところ、爾来同商店が本件家屋の所有権を亡ハル又は被告に移転した事実なく単に亡ハル、同人死亡後は被告に大竹屋の経営を委任し、ハル及被告は何れも右委任に基き大竹屋を経営するに付本件家屋を使用してゐるにすぎないから原告は先ず被告及清次郎を共同被告として本件家屋の共有権確認を求むべく右確認を省き直ちに被告に対し本訴請求をなすは失当であると主張するに改めた。〈立証省略〉

理由

先ず被告の本案前の抗弁に付判断する。

原告の本訴請求が本件家屋は元訴外千賀ハルの所有であつたがハルは生前その所有権の保存登記をなさずやがて昭和二十六年十月十九日同人の死亡に因り原告、被告及訴外千賀清次郎が之を共同遺産相続し仍て原告は右家屋に対し三分の一の共有持分権を有するところ被告は昭和二十六年十一月六日その単独所有名義に保存登記を経由したから原告は右持分権に基き被告に対し原告が右家屋に付三分の一の持分権を有する旨の更正登記を求めると謂うにあること原告の主張自体に徴し明である。ところで二人以上相続人ありて共同遺産相続をなしたる場合相続財産は法定の手続を経てその分割をなす迄は共同相続人の共有に属することは民法第八百十九条の明定するところであるから各相続人は法定の相続分の割合に応じ相続財産に付共有持分権を有するものである。而してかゝる各相続人の有する持分権は包括的相続財産を構成する個々の動産、不動産に付存し、(分割以前の相続財産が包括して一個の集合財産として一個の共有権の目的たるものとは解せられない)又各相続人に於て独立して之を亨有するところであり、従てまた夫々独立して之が行使をなし得べきこと一般の共有の場合と毫も異るところはない。そして右持分権の行使は純然たる個別的財産権に関し権利主体の身分には何等関係を有しないから之に関する紛争は之を以て蒙る審判法第十七条に所謂家庭に関する紛争事件に該当しないものと解すべきである。又共有者間に於て或る共有者の一人に帰属する持分権の存否態様に付他の共有者との間に紛争を生じた場合に於ては右持分権が本来各共有者に独立別個に帰属するものなる以上之を争う共有者に対してのみ之が存否等を確定すれば足り共有者全員に付合一に確定するを要しないから被告の右本案前の抗弁はいずれも之を採用することができない。

仍て進んで本案に付判断する。

訴外千賀ハルは本件家屋を所有し生涯独身で該家屋に於て従来ハル名義で待合料理屋営業をしてゐたが昭和二十六年十月十九日死亡したこと、同人は父亡千賀鹿之助、母亡タネ夫婦間の二女で右夫婦間には他に長女マサ(本件被告)長男喜三郎二男清次郎、三男菊松(本件原告)があり長男は既に大正六年九月二十日死亡したがその配偶者及子がなかつたのでハル死亡により原告、被告及訴外清次郎が被相続人ハルの所有であつた本件家屋を共同遺産相続したこと並ハル在世中同人は本件家屋に付所有権保存登記をなさずその死後被告が昭和二十六年十一月六日被告単独名義に保存登記をなしたことは何れも当事者間争ない。尤も被告訴訟代理人はハル死亡前は本件家屋がハルの所有であつた旨の自白を錯誤に基き且真実に反するものとして取消すと謂うが被告の全立証を以てするも該自白が真実に物合せず且錯誤に基き為されたものと認むるを得ず他に之を認むべき証拠もないから右自白の効力を左右するを得ない。

そうすると本件家屋は相続に因り原告、被告及清次郎三名の共有に属するものであつて反証なき限り原告は法定の相続分の割合に応じ本件家屋に付三分の一の共有持分権を有することが明である。被告は亡ハルが遠く昭和四年頃大竹屋を創業した当初より終始事業資金の供与その他その経営の全般に亘り援助を続けて来た八木商店はハルが死亡した後同年十月二十八日原告、被告及訴外清次郎等を集め大竹屋の将来に関し協議の結果右関係者間に爾後当分の間は相互に一致協力して只管大竹屋の経営の維持発展を計るべくやがて所期の目的を達し大竹屋の基礎が固まつたならば機を見て一切八木商店の指示主宰の下に大竹屋の財産分割に付協議決定すべきことと約定したものであるから未だ右約旨に従う財産の分割をなさざるに先立ち原告が単独で本件家屋に対する三分の一の持分権を主張してその旨の登記を訴求するを得ない旨の抗弁に付按ずるに亡ハル死亡当時八木商店に対し約二百七十万円余の負債が残存したこと、ハル死亡後同年十月二十八日八木商店と原告被告及訴外清次郎間に被告主張の如き約旨を記載した覚書の作成せられたことは原告の争はないところなりと雖も原告の本訴請求に係るところは原告等が共同相続した亡ハルの遺産の分割を求めるに非ざること原告の主張に徴し明であり、又原告主張に係る本件家屋に対する三分の一の共有持分権は相続財産の分割により始めて原告に帰属すべきものでなく前主ハルの死亡に因る共同遺産相続開始に因り、且つその割合は民法所定の相続分の割合を定めた規定に依り定まるものであるから被告主張の如き相続財産分割制限の特約の如きはその存否、効力を確定するまでもなく原告主張の共有持分権に何等の消長を及ぼすに由なく、斯くして独立して原告に帰属する権利に付単にその公示方法たる登記に関し登記名義人たる被告に対し協力を求むる本訴を以て権利の濫用に該当するものと解し得ざることも亦明であるから右抗弁も亦採用し得ない。

本件家屋に付その単独名義を以て所有権保存登記をしている被告は原告に対し原告が相続を原因として該家屋に付三分の一の共有持分権を有する旨の更正登記手続をなすべき義務あるものと謂うべきである。

仍て原告の本訴請求は正当として之を認容し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 日野達蔵 角敬)

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